BruceNonの音楽のある部屋4

BruceNonの音楽のある部屋

BruceNonの音楽のある部屋

 

僕らは厚みのある、本格的な音を出すため、音楽スタジオを借りて練習する事にしました。

 

学生の身だしお金も無いのでスタジオ練習は月に2回くらいだった気がします。

 

ドラムスの彼は学校が違うのでスタジオ練習の時しかあわず、練習曲のテープを渡して自主練習させていた。

 

ギターの彼とは同じ学校だったので、学校が終わりしだい、どちらかの家でギターの練習をしていました。

 

ほんと、よく飽きずに毎日会っていたものだと、今 振り返ってもそう思います。

 

でも、この時期があったからこそギター上達が早かったことは確かです。

 

一人で練習しているより、二人の方が上達は早いですね。

 

ギターテクニックに憧れて

 

当時の有名ギタリストの流行りのギターテクニック、これらは研究しました。

 

キッスのエースやエリッククラプトンのスローハンド奏法、リッチーブラックモアの早弾き、後にバンヘーレンのライトハンド奏法などが流行してました。

 

変わったところでキッスサウンドは原音のチューニングでなく半音下げて演奏していることに気づいたり、曲をコピーするだけでもいろいろ研究を重ねていました。

 

時代はハードロックブームだった気がしました。

 

またフォークソングも流行っていました。

 

音楽のジャンル関係なくギターブームだったような気がします。

 

歌謡曲とかも流行っていて、歌番組もたくさんあり、音楽全体が盛り上がっていた時代に僕らがそこにいた、そんな感じがします。

 

ビートルズブームほどではなかったみたいですけど、ビートルズの後に出てきたバンドも時代を築き上げた気がします。

 

70年代に少年時代を過ごし、60年代の音楽も聴いた。

 

いい時代だったと思います。

 

こんな言葉もありました。

 

ギターが弾けたら女の子にモテるとか、モーリスギターの宣伝で、モーリスを持てば君もスターだ。みたいな流行り文句もありました。

 

バンドの他のメンバーは完全にハードロックファンでした。

 

リードギターの彼はハードロックギタリストのテクニックを重視し練習に励んでましたが、実は僕の音楽の原点がビートルズである為、早弾きより、リズムやリフに凝っていました。

 

リフといえば、ローリングストーンズのキースリチャーズですが、ブライアンジョーンズのギター、スライドギターにもハマっていました。

 

ローリングストーンズと僕のお話は後ほど述べる事にして、今は多少のリードは弾きますが、この頃は、バンドでもリズムギターを好んで弾いてました。

 

憧れでしたね。ジョンやキースのあのリズムギターの弾き方がまたカッコよくて、真似をしていました。

 

僕がリズムを弾くストロークの右手が手首だけで弾くのは完全にビートルズの影響です。

映画を見ながら弾き方まで覚えました。

 

キッスのポールもリズムギター担当で、彼もリズムギターにこだわっているギタリストの一人です。

そのキッスだけが僕らの共通点であったからいっしょにやっていけたというのがあると思います。

 

あと二人とも若かったせいか、エレキギターに夢中でアコースティックギターには関心ありませんでした。

 

ビートルズ、ローリングストーンズ、他のバンドもアコースティックを取り入れていますが、この時はエレキギターだけでした。

 

僕らに先見の目があり、キッスサウンドをアコースティックで再現していたら、キッスよりはるか前からアンプラグドをやっていたことになるのですが、ダメでしたね。

先を越されました。

 

アコースティックギターの魅力はビートルズやローリングストーンズでわかっていましたが、このバンドでは解散するまでエレキギターバンドキッスを中心にハードロックコピーバンドでしたね。

 

今、音楽制作にこだわっているサウンドクリエートの域までは達していませんでした。

 

のちにレッドツェッペリンのジミーペイジのサウンド、音楽感やビートルズサウンドを徹底的に追及していくうちに、サウンドクリエイターを目指す自分になっていくのでした。

 

僕ら三人のバンドを組んで一年間はベースギターのいないバンドでした。

 

御茶ノ水の楽器店や雑誌に募集をといろいろとやりましたが、なかなかベースギターを見つけることが出来ませんでした。

 

ギターがメインで人気があり、ベースギターを始める人が少なかったように思えます。

 

ドラムスも同様でなかなか見つからないパートでした。

 

僕らはドラムスがいるだけ幸せだったかもしれません。

 

でもベースがいないと音の歪みというか低音ですね。

 

サウンドがしっかりしません。

 

ある日、ドラムスの彼がギターを始めた奴が同じ学校にいると聞き、さっそく会いました。

 

入るならベースと決めていましたし、一から僕らが教えればいいと思っていました。

 

しかし彼はどうしてもギター志望で引かなかった為、ここでまた三人になり振り出しに戻るならということで、なんと僕がベースギターに転向したのです。

 

バンドの為と考えベースを引き受けました。

 

 

この時は高3になる前だったし、冬の郵便局でアルバイトをしてベースギターを手にいれました。

ベースギターといえば僕の好きなバンドにいたポールマッカートニー、キッスのジーンシモンズ、レッドツェッペリンのジョンポールジョーンズが好きでいいお手本になりました。

 

ポールやジーンのようにベースを弾きながら歌えるように訓練もしました。

 

今は楽曲のみですが、このコピーバンドでは歌ってもいました。

 

すべて憧れですね。真似をして近づきたかったのです。

 

このころはどうにかしてギターアンプ、ベースアンプを手に入れ自分で持っていました。

 

どうしたのかは忘れましたが、家にアンプを揃えていました。

 

小さい安いアンプです。この後から記憶がたどたどしくなるのですが、新メンバーの彼の家が自営で工場をやっており、昼間、家自体がうるさいので、昼間練習した記憶があります。

 

この頃のほうが時代が新しいのに、ギターを始めた頃の方がよく覚えているのは不思議ですね。

 

やっとバンドになったので、バンド名を考えました。

 

ジェネレーション・ジャムだったかな。そんなバンド名でした。

 

バンド活動以外でも会うようになり池袋や上野とかに遊びにいったりした記憶があります。

彼らと遊んでいるのは楽しい。

 

でも、僕はハードロックコピーバンドにそろそろ飽きていました。

 

バンドをやりたいと思ったのはビートルズを弾きたいからだといつも頭にありました。

 

高校3年の終わり頃、バンドで初めてステージに上がり、このバンドは解散したのでした。就職、進学とかの理由でした。

 

今はこのメンバーとは会っていません。みんな、それぞれの道に進んでいきました。

ベースの彼は沖縄に行きました。

 

22歳の時、沖縄で再会したきり会っていません。

他の二人も。

 

みんなどうしているかな。

 

もう音楽はやっていないのかな。

 

この時期と出会った彼らに感謝してます。

 

ギター一筋、ここまでのめり込めたのは、彼らとバンドのおかげだと思います。

一人では挫折していたことでしょう。

 

こうして再びソロになった僕は本当にやりたい音楽を求め活動を開始したのでした。 

 

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