BruceNonの音楽のある部屋11

BruceNonの音楽のある部屋

BruceNonの音楽のある部屋

 

純はメンバーに加入する前に、僕と松本の二人でバックバンドとして野外ステージに参加した事がありました。

 

この記事を書くにあたって、あらがじめ下書きがあって書いているのではなく、回想しながら書いているものですから、途中でこんな事もあったと思い出して後から付け加えて時代が前後左右するかもしれませんが、捕捉を入れますのでご了承ください。

 

これからのお話はこの章から半年くらい前に戻ります。

 

松本の友人の礼子さん、ニックネームがエルちゃんと言いますが、彼女が自分の歌を人前で歌いたいと言ってきまして僕らにバックで演奏してくれないかと依頼がありました。

 

当時、彼女は曲を作り、CDにしていました。僕らより進んでいましたね。

 

すぐにオーケーと引き受け、話を進めました。でもちょっと遠かったな。演奏場所も彼女の家自体も宇都宮にあった訳ですから。

 

一回だけ埼玉の越谷にあるスタジオで音合わせして、デモCDをもらい、あとは本番まで各自自宅練習をしていました。

 

僕は曲のコードを探し、書面にして松本に渡しました。

 

CDは完璧に作られていてギターは入っていなかったので、流れてくる音を聴きコードを探しました。

 

まあ、こんな感じだろうと。スタジオでこれでいこうとなり、あとは自宅練習でなんとかこなし、

2週間後の本番に備えました。

 

本番当日は宇都宮まで行った訳ですが、やっぱり遠かったですね。

 

 

普通電車ですから各駅なんですね。

 

現地に着いた僕らは演奏する場所まで案内され、出演するまで待機してました。

この日は宇都宮駅周辺の祭りだったみたく、あちこちの場所で僕らのようなバンドが演奏していました。

 

時期は6月だったかな。この日は蒸して暑かった事を覚えています。

 

あとはエルちゃんが僕らのために焼きそばを作って持って来てくれた事、これも覚えています

さて、演奏の時間が来てステージに行きスタンバイしました。

 

僕らは楽器店の前の路上で演奏しました。

 

通行人が立ち止って見てくれるよう派手にいこうぜ。

 

このノリで演奏に気合いを入れました。

 

僕らがメインでなくても十分に楽しめました。松本はギター、ここでもアコースティックギターで再現しました。

 

僕はギターとマンドリン、マンドリンはまともに弾けませんが、ジミーペイジが弾いているのを見て、ほんと中古のボロボロのを買っていましたので、曲に綺麗な音をという事でマンドリンも入れました。

 

ここではポロン、ポロンと曲のメロディを弾いていただけでしたが、マイクを通してアンプから出るマンドリンはボロでも何故か美しく、エルちゃんもステージが終わってからも絶賛していました。

 

二胡はまだ人前で演奏出来る腕前ではなかったので、ステージには使用しませんでした。

 

エルちゃんは今でも言います。二胡弾いてよってね。

 

僕と松本でいっしょにやる事になって初めてのステージ、バックバンドとはいえ、人前で演奏出来た事を嬉しく思いました。

 

エルちゃんとは、それ以降演奏はしていませんが友人です。

 

この日、彼女に成功、僕らの中での成功を祝い、宇都宮を後にし帰宅しました。
こんな出来事がありました。

 

余談で遅くなりましたが、これからこの章のお話をしていきます。

 

Lotus Flowers 初のステージ、夢の幻のCD

 

 

僕らには、ボーカルを取れる人もメンバーにいないし、作った曲をそのまま演奏するか、歌えそうな曲には、歌詞をつけてもらい、誰かに曲を提供しようかと考えていました。

 

これまで練習して、まとめてきた僕のドリームという曲も、歌詞をつけて歌えそうな曲です。僕が曲を作り始めて暫くして出来た曲なので民族音楽調にはなっていないで、かなり昔の曲です。

 

でも未発表なので、例えは今 何処かで発表しても新曲って訳です。

 

松本、彼にはマネージメントの素質がありました。

 

彼はここに出演すると1,000円で演奏内容をCDにしてくれるイベントを見つけて僕に話しをしてきました。

 

僕もこりゃいいや。とすぐに賛成し、申込書にグループの内容、メンバーなどを書き込み郵送しました。

 

一週間くらいしてから出演許可をもらい、本番に備えて練習を開始しました。

 

リアルな本当の音を確かめる為にも、この日からうちではなくスタジオに入り練習をしました。

スタジオを決めるにあたってかなり慎重に探しました。

 

今後、自分達も録音していくので、ミキサーとか機材が充実していて設備のよいスタジオはないか?これがテーマでしたが、現実は予算だ、スタジオまでの距離だとか、様々な問題が生じ、結局は僕の家から一番近い、駅で二つ先の街のスタジオに入る事になりました。

 

みんな仕事が終わり、それからスタジオに入るので、あまり遠くの街のスタジオには行けなかったのです。

 

当分ここでやっていくので、そのスタジオで一番いい環境の部屋でやることになりました。

 

機材を自分達の音に合うようセッティングをし、それを忘れないよう紙に書き、次に来た時にそれを見てセッティングする、一度決めてしまえば後は同じです。

 

マイクの位置、楽器との距離とかも念入りに調整しました。

 

やる曲はドリーム 一曲、このイベントの企画した人が一バンド一曲としていました。たくさんの人が演奏するからだと思いました。

 

今 思うとよくわからない企画でしたね。

 

出演許可の通知が来たのはいいけど、その後 何も連絡もなく、リハーサルもなく当日、初めてきた会場でいきなり演奏した訳ですから。

 

まあ、CDを作ってくれるからここは、よし としました。

 

他の出演者はクラッシックピアノだったり誰かの曲をやっている中で、僕らだけがオリジナル曲だったので注目を浴びましたね。

 

楽器編成は二胡、ギター、太鼓でやりました。ドリームはドラムスの方が本来いいのですが、どんな感じになるか試す意味でも、おもちゃ太鼓でやりました。

 

ジェンベまでは必要ありませんでしたね。

 

おもちゃ太鼓でも、マイクを通せばボリュームがありましたから。当日、誰かに聞いていてもらおうといろんな人に聴いてもらい後で評価を聞きましたが、ありきたりの返事、よかったよ。

で終わりましたね。

 

あとはCDだけが頼りです。ここのイベントはこの一回だけにし、次の出演場所を探す事にしました。

いろいろの音楽の寄せ集めみたいな感じで僕らの色と違う気がしたからです。

 

一週間後、CDが届き、聞いてみました。一バンドに一枚でした。

 

録音自体はいいのですが、問題はギターが走っている。

 

松本に要求しました。

 

もっとスローに演奏をと。彼の走る癖はバンドが解散するまで直りませんでした。

 

自分が作った曲なので、ある程度うまく弾いてほしかったですが、もうそんな形でCDも出来てしまったし、僕は駄作はいらないと他の二人に話し、CDは僕が預かるのはやめました。

 

後になってやはり記念だから保管しておこうと思いまして、誰が持っているかを聞きました。

二人に確認しましたら、二人共、わからないと言うのです。

 

おかしいな?そんな馬鹿な、捜せと言いましたが出てこないのです。

 

駄作とはいえ、Lotus Flowersの初のCDが夢の幻のCDとなってしまった訳です。

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